2012年9月21日

よろこび―チャリティ・コンサートでのメッセージ


以下、9月末に行われるチャリティー・コンサートでのメッセージの仮原稿(先行公開)です。今回は、日本語から作ってしまったので、歌の練習の合間に、これをドイツ語にする作業をこれから行います・・・。

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今からコンサートは第二部に入ります。
テーマは、「よろこび」。わたしたちのボーカル・アンサンブルの名前にふさわしく、さまざまな喜びを、クラシックからポップまで、神讃美、ラヴ・ソング、季節の童謡、なつかしい曲や若い世代の邦楽ヒット・ソングの入り混じる様々な歌で表現したいと思います。

とくに、わたしたちは、こんな時代だからこそ、歌いたいのです。世界の自然災害、人災から目をそらせなくなっているこの文脈でこそ、ただ黙しているわけにはいきません。むかしの人は言いました。「友とは、君の心が忘れてしまったメロディーを、先唱してくれる人のことだ」と。わたしには、日本・フクシマの自然災害・人災のために苦しむ友がいます。ナイジェリア・タバラ州などの度重なる洪水や、シリア・アレッポなどの止まない戦争の悲惨に涙を流している人たちの現地からの声も、このインターネットの時代には、各地の知人たちの声を通して、直接聞こえてきます。さらに、子供たちや、若い人たちが日常の表現としては歌わない時代になってきた、などという新聞記事がありましたが、それは、どこか遠い国のものではなく、最近のドイツ語圏の雑誌で目にしたものです。子供たちや、友だちが喜びの歌を忘れそうになっている。そんなことが日々伝わってくるのです。だから、彼らの心が忘れてしまいそうなメロディを、わたしたちは、こうしてさまざまに歌いたい。すぐにでも、時間がかかっても、彼らと一緒に歌える日を夢見つつ。

わたしたちのアンサンブルは、第一部で歌われた沓沢さんや演奏されたみなさんとはうって変って、熟練の音楽家ではありません。お聞きになれば、すぐにわかります(笑)。「先唱者です、さあ、続いてください」、などといったら、ちょっとおこがましいほどです。でも、これをきっかけに、みなさんがそれぞれの家庭や、友人関係のなかで、また、他の国にいる人々を想って、わたしたちのようにさまざまな世代で、日々の喜びの歌の先唱者となって歌いはじめるために、小さなきっかけくらいにはなれるのではないか、と信じます。わたしの友人である神学者、教会讃美の専門家H・J・シュテファン氏がこう言いました。「わたしは息をしている、どうして、神讃美するのに不十分なことがあろうか」と。わたしたちも、息をしているのですから、それをそのまま空気に投げ捨ててしまうのはもったいない。ぜひ、ついでに喜びを天に投げ、愛を人に届け、自然をめでる心を歌として、うたってみてみようではありませんか。とくに、他者のため、自分のために、自分には何もできる力はないと思っている人、歌いましょう。上手・下手はどちらでもかまいません。うまい方がきっと気持ちがいいので、たとえば沓沢さんの下での発声訓練はおすすめですが・・。アウグスティヌスという教会教父は言いました。まず「踊り、歌うことを学びなさい。そうでなければ、天使が君と何もはじめられないのだから」。あなたが歌えば、歌の上手な天の大群も仲間たちもきっとついてきます!

いや、こんなこと言わなくとも、みなさまは、きっと、魂から迸るあらゆる感情を表現するために、歌がどれほどの助けとなるか、体験的に知っておられるはずです。むかしの人もこう言っています「わたしは歌う、わたしが語りえないことを」。歌は語りえないことすら表現してくれるのです。苦しい時の叫びから、嬉しいときの自然な声まで、歌にはなんでものせられます。歌うことは、わたしたちにとって、もっとも根源的な行為だからです。

たとえば、わたしたちはこのプログラムの中で、ヘンデルのメサイヤより、有名なハレルヤ・コーラスを歌います。「は・れ・る」(原形「ハーラル」)というヘブライ語は讃えよ!という意味で「ハレル・ヤー」は、「ヤーヴェ=主を讃えよ」ですが、古代文献や図象に詳しいO・ケール教授によれば、この動詞の音「ハ」とか「ラ」「ル」は、そもそも人間の内から迸りでる感情を表現するときに、もっとも声に出やすい音なのだそうです。日本語でも、何語でも、おどろいたり笑うとき「アハ」とか「ハハハ」とか「ほらぁ」などと言います。以下、ケール氏の本から。―1872年に電話を発明したグラハム・ベルが彼の助手の一人との最初の通話に成功した際に、彼は熱狂のあまり、それまで存在しなかった「ハロー」という叫びで相手に呼び掛けたそうです。ドイツ語では、狩りの興奮の中で、「ハラリ!」とか「ハリ・ハロー!」という掛け声が叫ばれます。アラビア語で「アハッラ」は、生れたばかりの子供を歓迎するために女たちが挙げる叫び声であり、「タハッララー」は、極めて一般的に喜びの叫び声です―。わたしたちがこれから歌うのは、本来、そんな日常の中で自然と上がるべき声なのです。どうぞ、おききください。よければ、みなさんも、それぞれの日常の中で、子供たちや友のために、自分のために、喜び歌うきっかけを持ち帰っていただきたいと思います。

なお、このコンサートの終わりには、みなさまに募金(コレクト)をお願いいたします。この度集められるお金は、HEKSおよびユニセフを通して、日本や、世界の多くの国々の子供たち、若者たちに喜びを届けるべく、用いさせていただきます。
ありがとうございます。

参考記事・文献)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Karl Adamek, Wenn die Seelen verstummen-Der schleichende Verfall des Singens in Deutschland ist eine Gefahr für die Gesellschaft – in: zeitzeichen 8/2002 S.24-29.
Martin Schmeisser (Hg.), Hans-Jürg Stefan (Hg.), Du stellst meine Füße auf weiten Raum. Mit Psalmen leben; mit Bildern von Marc Chagall, Eschbach ; 1. Aufl., 2005
Othmar Keel, Die Welt der altorientalischen Bildsymbolik und das Alte Testament, 5. Aufl., Göttingen,1996 (邦訳)O.ケール著、山我哲雄訳、旧約聖書の象徴世界古代オリエントの美術と「詩篇」、教文館、2010341342頁。